MALAYSIA

国旗の画像 マレーシアはマレー系、中国系、インド系とういう3つの民族からなる。ペナン島やランカウイ島 などの美しいビーチ、ボルネオ島のジャングル、歴史深いマラッカなど多彩な顔を持っている。 なかでも首都KL(クアラ・ルンプール)はかなりの都会で楽しい。タイがほほ笑みの国なら マレーシアはバカ笑いの国である。タイ人はシャイだがマレーシア人はオープンな人が多くて楽しい。 安宿はチャイナタウンにある。

DIARY OF MALAYSIA

2009/8/27 の日記

 長い話になる。そして今私はペナン島にいる。只今20:23昨日20時にバスに乗った。外人は私だけ、 途中、軍?警察?が乗り込んできて身分証を提示させられた。パスポートしかないしそれを見せた。ハートヤイ(タイ)に 着いたのがAM3:00。早すぎる気もしたが駅に行ってチケットを買い寝て待ってればいいと思っていた。バイクタクシーでハートヤイ鉄道駅へ。 完全に暗い。ほんで駅閉まってるやんけ。ホンマか、ファック!しかたなく辺りをブラブラ。ひょっとして24Hやってる店が。。。。。 あるわけない。バンコクならまだしも。しゃーなしベンチに座りかけたところ「Where are you from ? 」 ベンチの隣の見張り台のような所に帽子をかぶった山本モナ風の女性がいた。2時間くらい喋った。彼女の名前はアイで友達を待ってるらしい。 一度友達はバイクで現れたがまたすぐどこかへ行ってしまった。アイは5時くらいになるとさすがに「I don't know where she is, shit!」と 怒ってた。たしかに待たせすぎやな(笑)アイはペナン島(私が今いる)に休暇で行っていてハートヤイに帰ってきたところ。アイは私を心配して くれてあそこのゲストハウスに私が言ってあげるから少しでも寝た方が良いと言ってくれたが私はここで待つと言った。 後から知ったことだが、ハートヤイはテロ爆破や殺人が多い地域。というのもタイ南部では仏教とイスラム教の衝突が前からあるらしい。 私が行っていた時期は外務省のHPで安全について警告が出ていた。そんなところに夜中ひとり街をブラブラしていたとは危険すぎる。それを アイは心配してくれっとったんか。5時半頃アイの友達がやっと迎えに来て別れの挨拶をして帰って行った。 駅の方を見ると人がちらほら、行くと駅が開いていた。YES!! 6:57の列車がありそれに乗ることにした。ホンマに疲れた、あの夜行バスのせいや。 足がだるい。少し寝よう。

 列車では向かいの女性と仲良くなった。彼女はエフィ、インドネシア出身で今はペナン島に住んでる。初めてインドネシア人に会った、これから行くしいろいろ聞いとこう。 私がクアラルンプールに行くと言うと「KL is not interesting.」と言ってた。マレーシアとインドネシアはほぼ同じ言葉らしい。意外というか初めて知った。 パダンブサールで出入国、両替をした。列車で国境を越えたのはこれがお初。一度荷物を持ってホームに降り、そこにあるイミグレで出入国をしてまた 列車に戻る。エフィが「私はボートステーションに行くけどどうすんの?」と聞かれ疲れていてとにかく休みたいしこのままKLに行くのは ケツが無理、ってことで寄る予定のまったくなかったペナン島へ行くことにした。旅のよいところはこういう偶然の出会いから生まれる物語である。 バタワースに着いてペナン島へエフィと向かった。エフィは気の強そうな感じ、マスクをしていて風邪?と聞くとタイでインフルエンザが流行しているらしい。 どうりで入国審査のときやたらと健康について聞かれたわ。マレーシアの入国審査はめっちゃ厳しいとエフィは言ってた、ここはフレンドリーやけどバスの国境は 20リンギ程の賄賂をパスポートに挟むのが当たり前らしい。エフィは親切にバスで安宿のあるチュリア通りを教えてくれた。
 チュリア通りで宿探し、けっこう歩いて回った結果ドミトリーになった(15リンギ)安いしきれいやし何より私しかいない。今朝まで日本人の女の子がいたんやって。 ドミトリーに泊まるとはパンチきいた女の子やな、やるやん日本人女性。外は雨。明日は晴れてくれ。

2009/8/28 の日記

 祈り通じず外は大雨。こうなったらそこら辺をぶらぶら。今日は衝撃的なハプニングがあった。 朝ゆっくり起きて朝食をゲストハウスでとり仲良くなった従業員のメイと少し話してコーンウォーリス要塞へ 傘はメイが貸してくれた。雨の中テクテク歩き到着。人は少ない。要塞の大砲の写真を撮っているとピンクの服を着た マレーシア人?っぽい男性が。写真を撮ってくれと頼んだところから少し話した。彼(名前忘れた)はマレーシア生まれで今は オーストラリアで小学校の先生をしている24歳。30過ぎに私は見えた(笑)一緒に写真を撮った時彼は私の腰に手を回してきた。 私がもう一か月くらい旅してると言うと、オ○ニーはどうしてるのか?どのくらいしていないのか?と会って10分もしてないのに 尋ねてきた。。。。。ほぅ、これはオーストラリアンジョークかなと思いてきとうにごまかした。コーンウォーリスは牢屋を改造 して当時の絵や掘り出した物などを飾っていてその牢屋は6部屋ある。2部屋目くらいに展示してされているものを見ている時彼は 肩を組みながら私の胸を触ってきた。。。。。ほぅ。。。。。えっと。。。。。こいつゲイやな(笑)その後彼の行為 はエスカレートしていきケツとか揉んできた。そして最後の牢屋6部屋目に入ったとこのこと。私は彼がゲイだと分かってから警戒して少し距離を置いていた。 しかし、最後の部屋で油断したとき、完全に間を詰められてしまった。彼はいいディフェンダーになれるだろう。彼は私の ポケットに手を入れて私のチ○コをギュッとつかみながら。
「Don't worry, it's ok.Take it easy...etc.」とやたら甘い声を耳元で囁いてきた。私は強く「No No No!!」と拒否しダッシュでその場を離れた。 まさかこの旅でチ○コを触られるとは、しかも男に。もうピンクの服を着た男には近づかんとこう。 日本でお前ゲイにもてそうと言われていたがまさか現実になるとは。。。。

 ドミトリーに戻るとヨーロッパ人がパンツ一丁で爆睡してた。彼はドイツ出身の25歳マシアス。すぐ打ち解けて晩飯食いに行くことに。 マシアスのすすめでインド料理にした。タンドリーチキンとナン、美味かった。マシアスとの話は尽きず今度はビールを飲みにバーへ。 ホンマにいろいろ話した、ドミトリーに戻っても12時を過ぎても話してた。一人旅のこと、日本のこと、ドイツのこと、車のこと、サッカーのこと (マシアスはドイツのサッカーが好きじゃない、いつもなぜ勝っているかわからんと言ってた。そして日本のサッカーはプレスがはやいと褒めてくれた。) 女のこと(マシアスは今彼女いなくて好きな娘はブラジルへ留学に行ってしまったらしい)旅のこと、企業のこと、マレーシアのことなどなど。 今回は自分の意見も言えた。しかーし、もっと英語力が欲しい。欲しーい。しかしこういう出会いはたまらない。 今日は実に充実した一日やった。ゲイも含め(笑)

2009/9/1 の日記

マラッカに行ってきた。(今はクアラルンプールに宿がある。)朝7時に起き、屋台でミーゴレンを食べてバスターミナルへ。ちょうど8時15分のバスがあった。13,2RM。1RMぼったくられた。帰りは12,2RMやったし、出発が近いとぼられる。 バスは人をいっぱいにしたいらしくなかなか出発しない。後ろの韓国人は怒ってた。結局9時過ぎに出発し11時半に着いた。 マラッカのバスターミナルから中心地へさらにバスで行く。完全に外は雨。雨が弱くなるのを待ち行動開始。 マラッカの街は小さく赤茶けていた。それに歴史の教科書で大人気のザビエルの教会が丘の上にある。なんでもザビエルは死後9ヶ月間このセントポール教会に埋葬されていたいたとのこと。 そして街中にはザビエル教会もある。中はきれいで内部にはステンドグラスで聖書の一場面が描かれていた。私はこの教会が気に入りしばらくボーっとしていた。 教会を出てブラブラしているとアートギャラリーがありなかなか良い作品があった。 今日マラッカでポストカードを買おうとしてやめた。旅に出てからこれがよくある。 いざ本物を圧倒的な景色をみてしまうとポストカードの中の写真とは違っていて何と言うか見かけだけのキレイさでゴツゴツしさやモノモノしさ、不思議な部分が 全く表現されていないからである。それ故に何となく欲しくなくなってしまう。
マラッカから戻って宿があるチャイナタウンをうろうろ。バッタもん売りの人達と仲良くなった。 中国系、インド系、マレー系みんな仲良くくだらない話ばっかりした。どこの国の女がいいいかだとか チ○コの大きさとかしょーもない話を2時間くらいしてゲストハウスへ戻ってきた。
ふと思ったが日本は紙幣、つまり紙のお金が少ない。アジアの多くの国は日本の100円、500円が紙幣であるやからマネークリップなどが便利。

2009/9/3 の日記

今日はホンマに焦った。誰のせいかと言うと私だ。まず今日もゆっくり起きてすぐ下の屋台で朝食をとりインド人街へ、インド人いっぱーい。 歩き疲れてSOGOの涼しいところ休憩。SOGOではセールをしていてめっちゃ人がいた。欲しい短パンがあって試着までしたが買わなかった。 マレーシアまできてSOGOで買うこともない
その後インド映画を見た。インド映画は長い、3時間以上。そしてインド人は途中拍手をしたりする、内容はシンプルで 言葉はわからんでも理解できた。映画の途中、寒いと思ってシャツを半ズボンにインしようとお腹のあたりを触ると貴重品入れがない。最初やられたと思った。 しかしよく考えると試着した時からなかった。となるとSOGOより前、誰とも触れてないし人混みもなかったはず。となるとゲストハウスに忘れてきた?もやもやしながら 映画を見た。映画が終わるとダッシュでゲストハウスに戻る。あったー!!!!イエス!!助かった。ホンマに焦ったー。
夜はチャイナタウンをぶらぶらしていつもの奴らのところへ。彼らの偽ブランド品を売るのを手伝った。楽しい。彼らの露店の前には 風俗の店があって日本円で4900円でヤらしてくれると言ってた。なんでもいろんな人種の娘がいて日本人が一番良いらしい。日本人いるんかい(笑)その建物にはピタッとした服を着た 女性が出入りしていて露店の奴らはそれを見るたびに「Hey sexy lady, come here !」と叫んでた、おもろい。
彼らは日本人(高卒程度)の3分の1くらいの単語力しか知らんのに 少ない単語を組み合わせて話す能力が異常に高い。これが日本人にはない、そして一番必要な能力である。それ故日本人は理解できるがYES/NOしか喋れない。 現に彼らにさっき「I watched movie.」と言ったら「oh,how much? how many?」と返してきた。



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